2008年04月28日

第14回環境史研究会の報告

先日実施しました第14回環境史研究会の発表内容を以下に記します.

丸山真史(京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程:動物考古学)
「中・近世の都市における動物利用とその変遷」
動物は食料、原料、労働、思想など、人間の生活と深くかかわっており、その利用形態を通して食生活、骨角器の利用という人間の生活文化を読み解く。西日本の中世、近世遺跡から出土する動物遺存体の分析から、動物利用の実態とその変遷を明らかにする。これまで主流となってきた文献史学や民俗学とは別に、考古学的な視点から、実際に消費された動物遺存体を扱うことで、より実証的に消費が論じられ、生産、物流にも視野を広げることで、消費の特徴に理解を与える。

古関大樹(滋賀県立大学大学院人間文化学研究科博士後期課程:歴史地理学)
「河川の移動と低湿地景観の変化 −滋賀県愛知川・大中の湖周辺を事例として」
大中の湖周辺は守護六角氏の観音寺城が近接し、織田信長の安土城や守護代伊庭氏の本拠が面するなど、中世後期には近江地域における政治の中心舞台として機能した。同湖の持つ歴史的性格を考えるにあたり、琵琶湖と隔てていた砂洲を二枚の近世絵図と地籍図で観察する。近世初期には堆積がさほど進んいなかった様子がみえ、近接する愛知川には16世紀中頃に移動したという伝承が残る。約5km北の大規模な旧河道群から主流路が移ったことを契機に急速に砂洲が発達し、中世後期には同湖は琵琶湖最大の内湾であったと再評価できる。  

Posted by shin2 at 11:40Comments(0)TrackBack(0)研究会結果

2007年06月28日

第12回環境史研究会の報告

前回の発表内容要旨をアップします.

青木 政幸((財)辰馬考古資料館)
「播磨における瓦塔の造立−三木市正法寺山・志染丘出土瓦塔を中心に−」
 本報告は三木市正法寺山,志染丘から出土した瓦塔についてである.
 資料の特徴として,1)正法寺山瓦塔の初層軸部と塔本内陣の仏,およびその同笵品,2)屋蓋部軒先端面の軒丸瓦表現,3)複数型式の垂木,を挙げられる.
 遺跡地はともに消滅したが,当時の関係者である高井悌三郎氏が調査報告(遺稿)を遺されていた.ただ,その考察部分と近年の研究成果とはやや方向性に違いがみられた.
 報告者は遺稿内容そして近年の研究状況を整理し,播磨を主とした西日本出土瓦塔と関東出土瓦塔の差異を確認し,今後の方向性についての見通しを述べた.


森山 宗保(守山市教育委員会)
「野洲川下流域平野,伊勢遺跡の立地環境の検討」
 滋賀県守山市,野洲川下流域平野に分布する伊勢遺跡の立地環境を埋没微地形分析を用いて検討した.研究方法は発掘調査データを地形図に落とし,10cm等高線図を重ね合わせる.地形起伏を確認するために小字図も用いた.その分析の結果,伊勢遺跡の大型建物群が谷と谷に挟まれた尾根上の高い場所に立地していることが判明した.
 今後,谷や高地の形成時期などを調査等で検討していく必要がある.


宮本 真二(滋賀県立琵琶湖博物館 研究部 環境史研究領域)
「アッサム・ヒマラヤにおける土地開発過程−インド,アルナチャール・プラデーシュ州の事例−」
ヒマラヤ地域の開発過程の地域的相違を明らかにするため,放牧を目的とした土地開発が行われたシッキム・ヒマラヤの成果を概観し,水田開発が行われたアッサム・ヒマラヤ地域の埋没腐植土層の形成時期について検討した. 
 1)木炭片と埋没腐植土層の形成要因
 シッキム・ヒマラヤでは放牧を目的とした森林の火入れによる開発は約3700年前以降に認められたが,アッサム・ヒマラヤの埋没腐植土層は約990年前と約340年前の年代が得られ,今回の地点の結果では若干新しい開発年代が想定できた.
 2)土地開発時期
 水田下の埋没株は約2000年前の年代であり,埋没腐植土層の年代よりも古い.シッキム.ヒマラヤでは埋没腐植土層の最も古い値は約3700年前であり,開発期間としては調和的であった.   

Posted by shin2 at 16:42Comments(0)TrackBack(0)研究会結果